怒る・叱るよりも重要なこと!

自己啓発
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日本って不景気ですよね。でも、仕事は増えていて、ミスが増える。そんなときに嫌な思いばかりをすることばかり。

そんなくらいことばかりで人生疲れてしまうとかありますよね。

そんなときに怒られるのと叱られるのってどんな違いがあるのかを考えたことありますか。

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怒るとは

冷静に考えてもらいたいことですが、怒るとはどういうことなのでしょうか。実際にgoo辞書で調べてみることにしましょう。

q,不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる。「真っ赤になって―・る」

2.よくない言動を強くとがめる。しかる。「へまをして―・られた」

[可能]おこれる[用法]おこる・[用法]いかる――「父親は息子のうそにおこって(いかって)殴りつけた」のように、日常的な怒りが行為や表情となって外に現れる場合には、ほぼ共通して使える。◇抽象的ないかりの場合は「政界汚職にいかる」のように用い、「おこる」はふつう使わない。また、「いかる」は文章語的でもある。◇類似の語「しかる」は、相手の言動やあやまちなどを強い調子で責めること。「父親はうそをついた息子をしかった」のように用いる。

goo辞書

怒るとは、感情的な状態であり、それを相手にぶつけることで自身の感情を制御しようとする行為なのです。思い通りにいかないことなどあると、怒るという感情が姿を表すということです。

つまり、自己満足のために怒るのです。だから、相手に対して怒るというのは、自身の感情を相手にぶつけて、自己満足をしているに過ぎないのです。

怒るって感情的なものになりやすいので、抑えることも必要ですね。

叱るとは

逆に叱るってどういうことなのでしょうか。結構、叱ると怒るが混在することがあるので、結構重要な点になりますね。

[動ラ五(四)]目下の者の言動のよくない点などを指摘して、強くとがめる。「その本分を忘れた学生を―・る」[可能]しかれる

goo辞書

叱るというのも結構強く言うことにも繋がります。それが怒るとの混在をするのでしょう。怒るは感情に対して、シカルは良くない点を強く言うこととされています。

これが怒る=叱るというふうに考えられてしまうのでしょう。

だとしたら、令和の時代には叱るということを重点として考えるのではなく、別の方法を模索したほうが勘違いが生まれないのではと思ってしまうほどです。

指導として正しい方法

怒ると叱るの意味がわかったところで、どのように指導する必要があるのかについて考えてみましょう。

指導とは、同じミスを起こさないためや事前に起こらないようにすることです。それこそが目的になるわけですが、それよりも重要視されてしまう点は厳しくすることです。

それが本当に正しいのかについても考えていくことにしましょう。

叱る・アドバイス・フィードバック

叱ることが悪影響

なぜ、叱るよりもアドバイスのほうがいいのか、その真相について見ていくことにしましょう。叱るということは怒りの部分も入っているので、相手を萎縮させてしまう可能性があります。

自身は間違っている部分だけを指摘しているつもりでも、そうとは捉えずに怒られている、自分を否定されていると取られることだってあります。

そのような状態になるとこの人には、怒られないようにしようと考え、逆にミスが増えることにも繋がります。そして、また叱ることでどんどん悪循環への道に進んでいきます。

そんなことがないようにアドバイスという形で指導をしていくことがこの令和時代には必要になってきます。

昭和時代は叱ってわからせることが重視されていたようにも見えますが、現在では間違いを否定しつつ、モチベーションをあげさせるように指導していかなければなりません。

今の世代は怒りなれていない人もいますし、怒られすぎてしまい嫌になってる人もいます。どちらも大声で怒鳴られることに抵抗があり、ビクビクしてしまうなんてこともあります。

現代社会ではストレス社会とも言えるほど、周りにはストレスを抱えた人やストレスになるようなことが散乱しています。そんな状態で精神状態が正常ではない中、理不尽に叱られる・怒られることがあるわけです。

そんな時代に叱ってわからせるというのは、逆効果につながるというわけです。技術も高度化し、かんたんには教えられないからこそ、アドバイスという戦法をするのです。

叱るよりもアドバイス

アドバイスというものは、相手の行為について助言をする行為の事を言います。つまり、わかりやすく教えることが求められることになるのです。

だからこそ、叱るよりも必要なことなのです。助言ということは相手にとってメリットが有るような話をしないと意味がありません。

例えば、道を教えるときも「そんなこともわからないのか」なんて言ってしまったら、アドバイスではありません。その行き先を教えることが必要なわけです。

それも相手が理解できるように話す必要があるということです。

こちらが一方的にアドバイスをしていくことは指導する上で間違っている方法です。あくまでもその人が問題なく出来るようになることが重要なわけで、あなたの意見だけをまとめたことは聞きたいとは思ってもいないのです。

つまり、アドバイスは間違った道に行かないように、正しい道を歩けるようにすること自体が目的なのです。

だから、大声で指導をするのではなく、冷静な普段の話し方で指導をしていくことがアドバイスにとって必要なことなのです。

アドバイスよりもフィードバック

アドバイスは助言という話をしましたが、ではフィールドバックとはどういうことなのでしょうか。

フィードバックとは、もともとは軍事用語で、砲弾が目標地点からどれくらいズレていたかを射手に伝えることを指します。客観的な事実を伝えるだけで、そこに主観的な価値判断が入っていないことが重要です。

ダイヤモンド・オンライン 3流上司は部下を叱り、2流はアドバイスしたがり、1流はフィードバックに徹する

客観的に伝えることが必要なフィードバックですが、なぜ重要なのかについて考えていきましょう。

まず、アドバイスにはどうしても主観的な視点が混じってきます。

「○○したほうがいい」

この文には私の経験上、このようにしたほうがうまくいく可能性が高いと読み取れます。つまり、今の方法では失敗する可能性が高いから、修正したほうがいいよと言っているのです。

逆にフィードバックは客観的な視点なので事実を伝えるということです。

〇〇が曲がっていましたよ

この文は、曲がっていては行けないものが曲がっていたことを伝えているのです。今起きている結果を伝えているといったほうが正しいでしょうか。

例えば、机を考えてもらいたいのですが、机に使う板が曲がっていたら、机の意味を見いださないですよね。そのような事が起きないようにフィードバックをして教えるということです。

また、フィードバックは上から目線と捉えられることが少ないため、素直に聞いてくれるような人が多いです。

しかし、日本人の特性上、アドバイスとフィードバックを交互に使用することはコミュニケーションを取る上で重要なことかもしれません。

特に日本人は組織に所属することが美徳と捉えられることも多いため、上司や権限を持つ人の言うことを聞く人が多いわけです。ただ、客観的な視点だけを述べていても、解決できないことも生まれてきます。

そんなときに叱るよりもアドバイスをする、フィードバックをするという考えを持っていたほうがうまくいくでしょう。

厳しさを求めるのは正しい?

厳しさは正義みたいな風潮がありますが、本当に厳しさが必要なのでしょうか。他人よりも出来るようになるには、厳しさというが必要なことがあります。

しかし、厳しい状況ということは精神にストレスを抱えることにも繋がります。ストレスを抱えるということは身体的にも負担がかかるということです。ストレスを抱えた状態で仕事ややることをしても、頭に入るどころか、すべてが抜けてしまうわけです。

そんな状態になると、いくら教えてもミスが増えるだけでなく、相手がノイローゼになってしまう可能性もあります。すべてにおいて、厳しいが正しいとは限りません。

なぜなら、相手によってはHSPなどの精神的なものを持っていることもあります。そんな人に厳しさを求めてしまうと心が壊れてしまうこともあります。

また、怒ることが目的になるとどんなことがおこるか。ただのストレスのぶつかり合いなのではと考えられませんか。怒りって何で生まれるか。

それは自分の都合の悪いことが重なり、気持ちが耐えられないや考えている道から外れた時に起こるものではないでしょうか。そうすると、怒りとは自分の思い通りにいかないことがたまった結果なのではと考えられますね。

つまり、怒りはストレスがたまったときに起きることだと。だからこそ、そのストレスを解消することが必要であることと同時に、厳しさばかりを求めるのではなく、アメとムチが必要だということでしょう。

厳しく指導するよりもフィードバック

厳しく指導することが正義だと考えられるが、本当にそうだろうか。厳しく指導するということはその人の価値観を曲げる行為になりかねないということです。

例えば、自身が厳しく言われたことって相手にも要求しますよね。お辞儀の仕方や挨拶の仕方、気になることがあるのではないでしょうか。

あいつは挨拶ができないとか、声が小さいとか。それって自身が新人の時にそのように言われたから、常識としてうめこまれたことに過ぎないわけです。

だから、ほかの人からすればそれが普通だとは考えないわけです。そこで相手も知っているかのように指導をすることで、余計に挨拶ができない、お辞儀ができない人間になることだってあるのです。

といっても、性格というのはその人が過ごしてきた家庭環境や文化によっても異なってきます。だから、個性というものがあるわけで、すべての人間が自身が生きてきた環境下で歩んできたとは限らないのです。

それなのに、価値観を押さえつけるような厳しい指導は相手の自由を奪い、知らない価値観を植え付ける洗脳と変わらないというわけです。

だからこそ、厳しくするというよりもフィードバックという形で、その人がその会社のルールやその組織のルールで絶対に守ってもらわないといけないことを教えるのです。

それが現代に必要な教育ということではないでしょうか。知らない業界の常識なんて知らないし、その会社のルールなんて、入ってみないとわからないことばかり。

そんな世の中で厳しく指導する意味が私には理解できないわけです。

うまくいくのであれば、問題ないのでしょうが、そうとも限らないのであれば、違うやり方を探すほうが時間の無駄にもならないでしょう。

フィードバックとは、相手の改善点を提示し、より良い方向へ導くことです。そして、このフィールドバックはある程度の評価基準を定めたうえで、行うことが重要です。

しっかりと基準を決めないで行うと仕事以上の感情などが入り込み、フィードバックがただの感情をぶつけるだけのアドバイスになります。

それがエスカレートしてしまうと、アドバイスをしているだけで怒ったり、叱ったりしていないとかいう謎の理論が展開され、指導者の自己満足になってしまいます。
仕事に自己満足などの感情を含めることは不要なので、どのことに対してフィードバックしているのかなどをしっかりと定めることにしましょう。

性格の否定なんていらないものであり、ただの嫉妬などの感情に支配されている負の存在なのです。そんな人には近づかないほうがいいですが、かかわらないといけないこともあるでしょう。

うまくかわす方法を見出しましょう。

まとめ

感情をぶつけたくなることはありますが、それによるデメリットは計り知れません。感情は伝染するといわれていますので、怒りが組織や仕事に影響を与えることを知っておきましょう。

物騒な世の中になっていますが、冷静になる時間を作り、周りの空気に巻き込まれないようにしましょう。それがこの狂った世界を表面ではなく、裏面からみる力がつくかもしれません。

また、上長として仕事をする際には、怒るよりも「なぜ、そのようなことが起きてしまったのか」、「その失敗を解決するためにはどうするのか」という部分に注力し、ミスを減らしていくことが重要になります。

仕事に感情を持ち込むなとは言いませんが、仕事は仕事として感情を排除する努力をしていきましょう。そうすれば、居づらい組織が変化していく兆しになるでしょう。

この記事を書いた人
マサカズ

インフォメーションタイムズ(Information Times)・Human-Re:Tech(ヒューマン・リテック)を運営しているTECHNICALNEWの最高責任者です。
あらゆる情報をTwitterやニュースサイトなどで習得し、そこから疑問や発見を記事として記載しています。
ニュースサイト:Information Times(インフォメーションタイムズ)
社会人専門メディア:Human-Re:Tech(ヒューマン・リテック)

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